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2021.10.20 19:52 | EDIT
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大空のサムライ かえらざる零戦隊 (光人社NF文庫) 坂井三郎 (著)

大空のサムライ 坂井三郎

紺碧の空に生き、紺碧の空に死することを、みずからの天命と思い定めて“不惜身命”のつばさの血戦に出撃すること200余回、敵機大小64機を撃墜して、みごとに己れ自身に勝ち抜いたエース・坂井が集大成した痛烈、豪快、勇壮なる零戦空戦記。

世界でもっとも速く強かった撃墜王は、16歳で海軍の1兵士として誕生した。飛行機乗りの夢を全うした少年の闘いは、ここからはじまる。以後九六艦戦、零戦で200回以上の空戦を闘い、64機を撃墜して世界のエースとなっていく。本書は、日本の栄光を信じて二度と還らない青春時代を、闘いと大空に賭けて散っていった多くの戦友たちと坂井の迫真の記録である。

絶体絶命!撃墜王坂井の、決死の生還クライマックス!!名機零戦こそ我が命。ガダルカナル上空、瀕死の重傷を負いながらも背面飛行でラバウルへ還り着く!死と直面し死に打ち勝った日本の強者坂井の迫真の記録!!ガダルカナル上空、絶体絶命の危機。敵弾にやられたのだ。頭をやられ、目をやられ、左手も左足もやられてしまった。しかし、死に急ぎをしてはいけない。最後の瞬間まで、生きる努力を怠ってはいけないのだ。「死の誘惑」を振り切り、坂井はついにラバウルへ還り着く。死と直面し死に打ち勝った坂井。日本には、こんな強者がいた。



艦長です。再読です。
今回の北海道・東北車中泊・温泉巡りに持っていきました。

昔ね、「坂井三郎空戦記録」という本を読んでから
数々の著者の本は読みこんできました。
もう何年前のことなんだろう・・・このブログでようやく話せます。
いろいろ著者に対してネガティヴな話は知っていましたが・・・
しかしね、実際の経験談は事実だと思います。努力の人だと思います。
零戦パイロットで著者ほど有名な人はいないと思いますね。

「坂井三郎空戦記録」がもとになて、この本が出たと思います。
艦長の亡父は著者と2日違いで生を受けてます。まったく今回ね
初めて確認しました。坂井氏は84歳で他界されましたが
我がオヤジは94歳まで頑張りました。

我が亡父は日産自動車に勤務していた関係で招集時は
軍用車の運転兵としてあちこち行ったそうです。
ハンドルは走行転把・クラッチは連動板、ブレーキは制動板
シフトレバーは変速こう桿、アクセルは忘れました(笑)
バッテリーのテスターは、そんなものないので指でビリビリ確認?
当然フルシンクロメッシュなんて存在しないからダブルクラッチなどなど
面白い話を聞いた記憶がよみがえりましたね。
特にダブルクラッチのシフトチェンジで苦労したっていうことでした。

著者の本はいくつか持ってます。単行本はすべて売ったんで
文庫が数冊ですかね。ひまを見つけて(毎日暇なんですが♪)
再読しようと思いました。



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Category: 読んだ本
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プロフィール

沖田根銃創艦長

Author:沖田根銃創艦長
沖田根銃創です。よろしくお願いします。
2000年11月7日にFrontPage Expressで作った最初のサイト「コジロウハウス」を発進させ、なんとかここまでやってきました。幾多の出会いと別れ・・・。いろいろ経験できました。最初の飼いウサギ「コジロウ軍曹」をダシにして(笑)宇宙戦艦ヤマトのパクリサイトの性格でしたが、いつしかコジロウ軍曹のサイトになりました。軍曹は2004年の7月に8歳で星になり、後釜のウサギのコジタ兵曹は2017年の1月21日12歳8カ月で逝きました。現在、当ブログでのみ情報発信。本館の「沖田根中佐の航海日誌」は運用を終了しました。

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