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2019.06.17 15:57 | EDIT
八万キロの戦争 語り部が伝える真実 (現代教養文庫) 片山正年 (著)

八万キロの戦争 片山正年

著者は、陸軍船舶砲兵―輸送船を高射砲などで武装したいわば“船に乗った陸軍”として、広東攻略のバイヤス湾上陸、ノモンハン、マレー半島上陸、ガダルカナル強行輸送、千島各地の転戦など、作戦掩護に参加、辿った総距離は八万キロに達する。その間、乗船三隻の沈没に遭遇、生還した広島で被爆という、まさに“オデッセウスのような戦歴”を経た。本書は、その戦争体験を語り口そのままに再現した。“耳で読む本”。

第1章 召集令状
第2章 入隊生活
第3章 バイヤス湾出動
第4章 ノモンハン派遣
第5章 ノモンハン後記
第6章 太平洋戦争突入の日
第7章 熱田山丸の最期
第8章 綾戸山丸も、波の上丸も
第9章 激戦、ソロモン海域
第10章 北方輸送隊へ転属
第11章 フィリピン教育隊
第12章 上等兵片山の怒り
第13章 原爆、被爆の中の救援活動
第14章 復員

↓※陸軍船舶兵 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

太平洋戦争当時の日本陸軍は、揚陸艦・機動艇・装甲艇・駆逐艇・高速艇甲/乙・潜航輸送艇等多様な船舶兵器を保有していたが、このうち大型の揚陸艦の操船に関しては民間海運会社からの派遣船員(軍属)が中心となっており、船舶兵は自衛武装や搭載舟艇、対潜哨戒機(「あきつ丸」)の運用を担当していた。なお、機動艇以下の中小型艇や上陸用舟艇等は船舶兵自身が操船を行っている。そのため、船舶兵は手旗信号など通常の陸軍将兵が受けない航海術関係の訓練を受けていた。

また、主任務としては輸送船(軍隊輸送船)として陸軍が民間より徴用した船舶の自衛武装操作がある。この任務のため、船舶砲兵連隊(当初は船舶高射砲連隊と呼称)が編成され、必要に応じてその一部が各陸軍徴用船に「船砲隊」として乗船することになっていた。各種火砲のほか対潜用の爆雷や迫撃砲の運用も行った。それ以外の民間船や海軍徴用船に関しては、陸軍船砲隊ではなく海軍所属の警戒隊が乗船して同種の任務に就いていた。ただし、民間船の武装にあてる兵器類は、船舶兵が管理している陸軍の旧式火砲が提供され、操作のみを海軍兵が行うことも多かった。



艦長です。今回も「艦長文庫」(笑)からの再読です。
大変読みやすいです。
「陸軍船舶砲兵」という兵種があったんですね。
一度読んでるんだろうけど、すっかり内容は忘れてましたから
初めて読むのと同じでございました。
この方は、意図しない幸運に恵まれて復員できました。
輸送船に対空兵器が装備されて陸軍が運用していたんですね。
陸軍内部の暗い面や、おかしな面を率直に正論で切っています!
なかなか手には入らない文庫だと思いますが、アマゾンで手に入ります。
興味のある方は、一読をお勧めします。
特に、「第13章 原爆、被爆の中の救援活動」は読み応えがあります。


※明日は都合で更新はお休みです(*^-^*)へへへへ♪



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Category: 読んだ本
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沖田根銃創艦長

Author:沖田根銃創艦長
沖田根銃創です。よろしくお願いします。
2000年11月7日にFrontPage Expressで作った最初のサイト「コジロウハウス」を発進させ、なんとかここまでやってきました。幾多の出会いと別れ・・・。いろいろ経験できました。最初の飼いウサギ「コジロウ軍曹」をダシにして(笑)宇宙戦艦ヤマトのパクリサイトの性格でしたが、いつしかコジロウ軍曹のサイトになりました。軍曹は2004年の7月に8歳で星になり、後釜のウサギのコジタ兵曹は2017年の1月21日12歳8カ月で逝きました。現在、当ブログでのみ情報発信。本館の「沖田根中佐の航海日誌」は運用を終了しました。

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