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2019.06.15 13:20 | EDIT
真珠湾 二人だけの戦争 (旺文社文庫) 牛島秀彦 (著)

真珠湾 二人だけの戦争

昭和16年12月8日朝、西開地一飛曹搭乗の零戦は真珠湾攻撃に向かう空母「飛龍」から発進した。だが、米国飛行場への低空銃撃ののち、エンジン不調のためハワイ諸島ニイハウ島に不時着。これがニイハウ島の日系2世ハラダ夫妻をまきこむ悲劇の始まりだった。被弾、負傷してニイハウ島に胴体着陸した西開地兵曹を発見したのは日系アメリカ人ハラダ。島民はまだ真珠湾奇襲も日米開戦も知らない。この男は日本のスパイか? 戦後も報道されなかった未帰還機と日系人の運命を追って、そこに起こった友情と悲劇の真相を明らかにする希有なノンフィクション。

=2018/12/06付 西日本新聞朝刊=
41年12月8日の真珠湾攻撃に参加した航空機の搭乗員には、被弾するなどして空母に戻れない場合、ハワイ諸島西端のニイハウ島へ不時着するよう指示があった。この小島には米軍がおらず、潜水艦で収容する手はずだった。実際にニイハウ島へ不時着したのは、空母「飛龍」のゼロ戦搭乗員、西開地(にしかいち)重徳さん(愛媛県出身)1人だった。胴体着陸して救出を待つ中、先住ハワイ人から敵として追われ、西開地さんをかばおうと間に立った日系2世のハラダ・ヨシオさんともども、混乱の中で命を落とした。牛島さんはこのいきさつを現地で取材した。印象深かったのは、ハラダさんの妻ウメノさんの証言だった。ハラダさんの両親は福島県出身だがウメノさんの両親は山口県の人。「あのジャパンのプレーン(飛行機)さえ来なけりゃあ」と、山口なまりの英語で涙ながらに訴えたという。ウメノさんは夫を失っただけでなく、国家反逆罪のぬれぎぬを着せられ、子供たちとも引き離されて3年近く獄中にいた。ハラダさんの弟もスパイの汚名をすすぐために、2世部隊に志願して欧州で戦った。真珠湾奇襲の成功を伝える大本営発表のラジオ臨時ニュースが日本中で鳴り響いたあの時、ハワイで平和に暮らしていた日系人は、どん底に突き落とされたのだ。著者の牛島さんは99年に64歳で病死した。太平洋戦争の開戦から77年が過ぎようとする今、多くの方にその労作を読んでいただけたらと願う。




真珠湾 二人だけの戦争 零戦
不時着した西開地兵曹の搭乗機

*目次
Ⅰ 被弾 ― ニイハウ島不時着
 『飛龍』を発進! 真珠湾へ / 「ト、ト、ト……」全軍突撃セヨ / 僚機の自爆 / エンジン不調

Ⅱ ニイハウ島と日系二世ハラダ
 開戦を知らぬ島 / ハッピイ・ファミリイ / 降ってきた災難

Ⅲ 二人だけの戦争
 あのプレーンさい来なけりゃあ / 急報の裸馬 / 拳銃奪われる / 反感示すカナカ人 / 「潜水艦が救助にくる」 / 見殺しに出来ない / 「ジャップのスパイ!」 / 監視の目 / 説得工作は失敗 / 銃を手に“脱出” / 群集から投石の雨 / 二人の死

Ⅳ ウメノ・アイリーンの戦争
 スパイ容疑で逮捕 / はじめて夫の死を知る / サンドアイランド収容所 / 捕虜一号

Ⅴ 戦いは終らず
 つくられた軍神 / 「戦国美談」誕生 / 誤解された日本人 / 疑心暗鬼 / 日系二世部隊 / 保釈後も続く厳しい世間の目 / 戦後十年目に、全貌を知る飛行士の故里 / 抱かれた遺骨
 あとがき
 解説(山中恒)



艦長です。この本は再読です。
艦長が昔読んだ第2次世界大戦に絡む本です。
「艦長文庫」にはまだまだね、この手の本が満載です。
順次ね、再読していこうと思います。

以前この本を読んだ際は、こんなことがあったんだ!
って印象深かったです。
捕虜には絶対なってはならない日本兵。
それを助けた日系米国人。そんな二人の戦争があったって・・
記憶に深くね、刻んでおきましょう。



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Author:沖田根銃創艦長
沖田根銃創です。よろしくお願いします。
2000年11月7日にFrontPage Expressで作った最初のサイト「コジロウハウス」を発進させ、なんとかここまでやってきました。幾多の出会いと別れ・・・。いろいろ経験できました。最初の飼いウサギ「コジロウ軍曹」をダシにして(笑)宇宙戦艦ヤマトのパクリサイトの性格でしたが、いつしかコジロウ軍曹のサイトになりました。軍曹は2004年の7月に8歳で星になり、後釜のウサギのコジタ兵曹は2017年の1月21日12歳8カ月で逝きました。現在、当ブログでのみ情報発信。本館の「沖田根中佐の航海日誌」は運用を終了しました。

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